雑記の最近のブログ記事

幼少の頃の休日は、早起きして近所の撮影スポット(と言っても線路っ端ですが)に、父の一眼レフや、祖母から借りたハーフサイズのカメラを持って行った。

特に夏休み中は日が長いので、ブルトレや貨物列車がバンバン来て、とても楽しかった。

今回の写真は、そんな中に撮影した上りの寝台特急「紀伊」・「出雲」 だ。

通過する列車を横目に、分散電源方式の特徴である前後と中間の併結部でのディーゼルエンジン音を楽しんだものだ。

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この頃はフィルム代を捻出するのが厳しかったこともあり、祖母から借りたハーフサイズのカメラで撮ったものが多い。

36枚撮りのフィルムだと72枚も撮影できるのだから!
でもほとんどが縦位置の写真ばかり・・・しかも解像が粗い・・・。

そうはいっても、今見るとなんとも味のある写真である。
しかも、思いっきり線路に入って撮影している。

子供というのは何とも大胆である。

最近、めっきり撮影に出かけておりません。

本当は週末に大宮総合車両センターへ行きたかったのですが、天候が崩れるとの予報などの悪条件が重なり、諦めました。

その代わり?にホビーセンターKATOに行って、買い物をしたり子供に運転させてあげたりしました。

私は知らなかったのですが、買い物をすると運転券がもらえて、2回のレイアウトで数十分運転することができます。車両も無料で貸してもらえ、数種類から選べるので喜んでいました。

全然関係ないのですが、先々週に撮影した鹿島線を走るEF65-1040を掲載します。

更新機も見慣れるとカッコイイですね。

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城東貨物線を撮影後は、大阪駅付近の老舗模型ショップにお邪魔し、関東ではなかなか見かけないような工具や部品を各々購入した。

私が購入したのは、モーターに取り付けるピンバイスである。
模型製作の際に、手摺の穴あけ等で無数の穴開けは、なかなか骨の折れる作業なので、こういったツールで多少でも作業が楽になればよいのだが・・・。

あと気になったものは、ラジオペンチを改造したような手摺製作工具である。少し高価であったので今回は見送った。使用したことがある方がいらっしゃったら、使用感などをお聞きしたいものである。

模型ショップを後にした我々は、「大阪」ということで、粉物を食そうという意見で一致した。
駅近くの雑居ビル食堂街で本場?のお好み焼きで空腹を満たし、帰途についた。

帰りは新大阪から新幹線。
駅構内で家族へのおみやげをいろいろ選んだり、弁当・酒を買ったり・・・
いろいろありすぎて迷うというか楽しいというか・・・

新型のN700系のぞみに乗ることができた。
ビールを飲みながら友人と雑談している間に、新横浜へ到着してしまった。
寝台列車で一晩何時間もかけて大阪に来たが、帰りは新幹線でおよそ2時間半。
ちょっと拍子抜けしてしまうほどだ。

速いのもいいが、ゆっくり行くのもよい。
いろいろ見て楽しみながら、語らいながら、ゆっくり行くのも新たな発見があったり、なかなかよいものである。

おしまい。

「おおさか東線」を走破したあと、タクシーを捕まえて城東貨物線淀川橋梁へ向かった。

目的はもちろんDD51牽引の貨物列車である。

改正前の定刻から大きくは外れないだろうと、余裕で間に合ったつもりであったが、到着してしばらくするとすぐに赤い機関車がこちらに向かってきたので慌ててカメラを向けて撮影した。

それにしてもこの赤川仮橋という木造の橋、なんとも情緒のあるロケーションである。
自転車のおばちゃんや散歩の人々がひっきりなしに線路脇を通行している。
それを横目に轟音をたてながらDD51がコンテナ列車を従えてやってくるのである。

二本目は旧定刻を過ぎても待てどくらせど現れない。のんびり待つことにした。
忘れた頃にまた轟音をたてながら、また原色のDD51がやってきた。
今日は来る列車が全て原色だった。我々は運がよい。

おもしろい場所なので、無くなる前にまた機会を作って訪れたい場所である。

銀河を見送り、その後の予定が明確でなかったが、ダイヤ改正で新たに開通したという「おおさか東線」を乗りに行くことにした。

大阪の土地勘がない我々は環状線の路線図などを睨みながらこれから行く場所を確認した。

見慣れぬ221系に乗り、久宝寺駅で下車して開業記念で売られていた記念入場券セットを購入する。最近では珍しい硬券入場券が台紙に挟まっているものである。

 

この久宝寺駅、かつての竜華機関区があった場所である。
国鉄末期当時はEF58やEF15などが休んでいた場所であり、実現しなかったが訪れたい場所でもあった。
EF58-61が和歌山国体でのお召し列車運転時にが竜華区に貸し出され、「竜」の区名札をさしてこの場所にいたこともあったのだろうと想像する。

目的である「おおさか東線」を走るグリーンの201系に乗り込む。

関東での中央線の201系はE233系の増備で最近見かけることがかなり少ない状況もあり、バンバンやってくる201系を見ていると希少さの感覚が鈍る。

列車は高架線を数十分走り、あっという間に放出駅へ到着。短い旅は終わってしまった。

新大阪を出発し、最後の車内放送が流れた。

身支度を整え、車窓の風景を楽しむ。

そうしている間に列車は大阪駅のプラットホームへ滑り込んでいく。

東京駅程ではないが、最後の別れを惜しむファンに列車は囲まれた。

私もすかさずカメラを取り出し、少年達に混じり撮影に夢中になる。

乗客を降ろした列車は、まもなくファンに見守られながら回送列車として去っていた。

我々はプラットホームでしばらく呆然とし、銀河の余韻を楽しんだ。

 

青春と共に駆け抜けた銀河号もまた過去の物となってしまった。

ありがとう、銀河

最後の朝。

A寝台上段の車窓からは夜明けの風景が流れていく。

車内放送のオルゴールが鳴り、車掌さんからの案内が放送される。

続いて銀河号の生い立ちと最後の挨拶、非常に感情がこもっており、最後だということを再認識した。

寝台にゴロッとなり、列車に揺られながら到着までのひとときを楽しんだ。

盛大な見送りを受けて東京駅を出発し、しばらく経つと車掌さんが検札にやってきた。

A寝台・寝台急行券と乗車券を手渡し、切符に印を押してもらうと同時にJR西日本・大阪車掌区特製の記念乗車証が配られた。

手製の台紙に愛称サインの図柄スタンプが押された、惜別の思いがこもった特別なカード。

一生忘れることのない記念品となり、思い出になるだろう。

今回は鉄道からは離れた話になりますが、少々おつきあいください。

 

先日遅ればせながら、下記写真に出会い、感動し、考えさせられた。

 

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「焼き場に立つ少年」 (1945年、長崎、ジョー・オダネル)

先日、会社帰りに恒例の「第29回 鉄道模型ショウ 2007」を見に行ってきた。
毎年見てきて思うのだが、年々サプライズな内容が少なくてちょっと寂しい気がします。
昔はTOMIXが特製貨車(ロゴ入りワム80000)を配っていたり、新製品情報や試作品、巨大なレイアウト等、飽きることなく楽しめた記憶なのだが、今年は30分もあれば全てが十分見ることができるくらいの内容であった。

インターネットの普及で情報がいつでもどこでも得ることができる便利な時代だが、幼少の頃のような驚きや嬉しさが少なくなってきて残念である。
しかし、いつの時代もジオラマレイアウトを見つめる子供達の目は輝いている。 

 

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